なぜ僕の名前はアフメドになったんだろう?

これは、Radiolingoの第1話「What’s in a Name?」の冒頭の一文です。このエピソードでは、ホストのアフメド・アリ・アクバルが、移民二世がどのように名前を選んでいるのか、そしてその選択がどんな影響を持つのかを探っています。両親の出身国によって名前の付け方の伝統は異なり、それぞれのコミュニティとその文化の価値観が大きく反映されます。実際、名前は、その持ち主についても、そしてその名前を選んだ人についても、興味深い洞察を与えてくれるのです。

私がケイトとなった理由

西洋の命名の伝統について少しでも知っている方は、私の名前「ケイト・バーカー」から、私についての情報をある程度推察できることでしょう。たとえば、私は女性で、父の姓はおそらくバーカー、そして私のファーストネームは、おそらく本名を短縮した愛称だろう、ということなどです。とは言っても、なぜこの名前を選んだかについては、まあ、たぶん両親にとって響きが気に入ったからにすぎないと思いますが... さらに、私の(愛称ではなく)正式な名前を知れば、私がいつ生まれたかまで推測できるかもしれません(1987年は、Katelyn / Kaitlin / Catelynn などの名前が流行した年なのです)。

アメリカでは、親が赤ちゃんの名前の本をめくりながら、単純に響きが気に入った名前を選ぶというのは、ごく一般的なことです。しかし、世界のほかの地域では、名前の選び方に関して、さまざまな習慣や慣行があります。

親戚内で何度も使う

多くの西洋文化では、家族の名前を子どもに受け継がせることが一般的です。これは、亡くなった親族の思い出ゆえにその人の名前を子どもに付ける場合もあれば、まだ生きている親族との絆を結ぶためにその人の名前を付ける場合もあります。イタリアでは、特に第一子に祖父母の名前を付ける習慣があり、長男は父方の祖父の名前、長女は父方の祖母の名前をもらうというケースが多くあります。私はイタリア系アメリカ人ですが、自分の親戚の集まりに行くと、アンソニーやヴィンセントという名前の人がやたらにおり、実体験からも納得がいきます。対照的に、一部のユダヤ人のコミュニティ(アシュケナージ系など)では、存命の親族の名前を子どもに付けるのは縁起が悪いと考えられており、亡くなった親族の名前を付けてその記憶を忘れないようにすることがよくあります。

韓国でも、名前は大切な家族間のつながりを示します。韓国の名前は通常、名字が1音節、名前が2音節という形をとりますが、兄弟姉妹やいとこ同士で、名前の最初の半分を共通にし、たとえば、キム・ミンソ(김민서)とキム・ミンジュン(김민준)の兄弟が「ミン/민」を共有するといったことがよくあります。こうした慣習は、家族の関係にあることを示し、絆をより強めるとともに、家族の結束や連帯をいかに大切にしているかを反映しています。

家族でバトンリレー

母称および父称と呼ばれる、母親や父親の名前から個人名を作る命名の慣習は世界各地にあり、それぞれ独自の命名法があります。

中世のスペインやポルトガルでは、父親の名前の末尾に「~ez」を付けて名字を作るのが一般的でした。この父称による命名法は、「〜の息子」であることを示すために使われていました。たとえば「González(ゴンザレス)」は「Gonzalo(ゴンサロ)の息子」、「Rodríguez(ロドリゲス)は「Rodrigo(ロドリゴ)の息子」という意味です。このような父方の性を用いる習慣は時代とともに衰退していきましたが、「~ez」で終わるスペイン語の名字が今でも数多く残っている理由は、まさにここにあるのです。

しかし、父称や母称は過去の遺物ではありません!

アイスランドでは、男性には父親の名前に「~son(~の息子)」を、女性には「~dóttir(~の娘)」という語尾を付け加えています。たとえば、Jón(ヨウン)という男性にÓlafur(オーラヴル)という息子とSigríður(シグリズル)という娘がいる場合、彼らのフルネームはÓlafur Jónsson(オーラヴル・ヨウンソン)とSigríður Jónsdóttir(シグリズル・ヨウンスドッティル)となります。また、母親の名前がAnna(アンナ)の場合、子どもの母方の性としてAnnadóttir(アンナドッティル)またはアンナソンとすることもあります。

ロシア人は通常、名・父称・姓の3つの名前を持ちます。この場合の父称は、父親の名前に基づいて作られるミドルネームで、たとえば「Иванович(イワノヴィチ、「イワンの息子」)」や 「Ивановна(イワノヴナ、「イワンの娘」)のようになります。母称は父称ほど一般的ではありませんが、母親の名の語尾に応じて 「~овна(~オヴナ)」または「~евна(~エヴナ)」を付けて作る場合もあります。たとえば、母親の名前が「Светлана(スヴェトラーナ)」であれば、母称は 「Светлановна(スヴェトラノヴナ)」です。

星占いに頼る

文化によっては、親戚内で同じ名前を使うよりもむしろ、家系図の外にある別の要素を重視することがあります。特にアジアの一部の文化では、名前は意味のみに基づいて選ばれたり、幸運をもたらすことを願って付けられたりすることがあります。

たとえばインドでは、ヒンドゥー教の親が、子どものナクシャトラ(出生の日時に対応する月星座)に合う名前を選ぶために、占星術師に相談することがよくあります(ヒンドゥー占星術では、この月星座が27もあるのです!)。名前が子どものナクシャトラと調和していれば、その子の人生に幸運と前向きなエネルギーがもたらされると考えられています。それぞれのナクシャトラには対応する音節のセットがあり、たとえば黄道十二宮で最初のナクシャトラであるアシュヴィニーのナクシャトラを持つ子どもは、「chu」「che」「cho」「la」で始まる名前、たとえば「Cheena」や 「Lalitha」のような名前を付けなければならないとされています。

伝統的な中国文化では、陰陽のバランスと調和という考え方が非常に重要です。これは、中国の干支に基づく命名の伝統にも見ることができます。中国占星術では、人はそれぞれ、生まれた年によって12の動物の干支のうちの1つと、水・火・木・金・土の5つの元素のうちの1つに結び付けられます。親の中には、子どもの人生にバランス、幸運、健康、繁栄をもたらすために、特定の元素を含む名前を選ぶ人もいます。干支や元素の組み合わせによって、子どもにある元素が過剰、あるいは不足していると考える場合、そのバランスと調和を取り戻すために、特定の元素を含む名前を選ぶことがあります。たとえば、子どもの名前に「火」の要素を加えたいと考える親は、「炎(yán)」のような字を使った名前を選ぶかもしれません。同様に、中国の名前の中には、親の願いや期待に基づいて選ばれるものもあります。たとえば、「志強(Zhìqiáng)」は、「志(zhì)」と「強(qiáng)」という字を組み合わせた名前で、子どもが将来、志が高く意志の強い人に育ってほしいという願いを表しています。

名付けに良いタイミングを待つ

一部の文化では、親は生まれてすぐに子供の名前を決めません。

たとえばギリシャでは、親が子どもに付ける名前を、「聖名祝日」まで発表しないで待つのが一般的です。「聖名祝日」はギリシャ語で 「onomastikí」と言い、個人の名前を祝う日のことで、たいていは同じ名前を持つギリシャ正教の聖人の祝日に対応しています。ギリシャ文化では、聖名祝日は誕生日よりも重要だと考えられることも少なくありません。この日には、友人や家族がその人のもとを訪れ、贈り物や祝福の言葉を持ってきます。また、この日を迎えた本人が自宅でパーティーを開くのもよくあることです。

ガーナでは、子どもが生まれてから7日後に命名式が行われ、そこで友人や家族に名前が発表されます。この伝統的なお披露目の儀式は、アカンの人々の間では「Akwambo」、ダゴンバの人々の間では「Aqiqah」と呼ばれており、子どもを家族や地域社会に紹介する節目にあたるものです。式の中で子どもの名前が発表され、親戚一同が集まって祈りをささげ、祝福し、贈り物をします。名前を発表するまでに1週間待つことで、親は子どもの名前と、それが社会でどのように受け止められるかについてじっくりと考える時間を持ち、意義や価値のある名前を子どもに与えるようにするのです。

家系図、陰陽、迷信...何でもあり!

世界中には、名前の選び方や、名前の作り方のルールが数えきれないほどあります。名前は、その持ち主やその人が属する文化を反映するものに他なりません。「ケイト・バーカー」はごく平凡な名前かもしれませんが、それでも私がどんな人間なのか、そしてその名前を付けてくれた人たちがどのような習慣をもっているのかなど、多くを語ってくれています。

ともかく、私の名前が「ターガリエン家のデナーリス、嵐の申し子(ストームボーン)、その名において最初の女王、アンダル人と最初の人々の女王、七王国の守護者、竜の母、大草原のカリーシ、不死身の者、鎖を打ち砕く者」みたいな名前でなくて、本当によかった!

そんな名前だったら、LinkedIn のプロフィール欄に入りきらないですからね。