主に英語圏では英語の読み書きを幼い頃に習う場合、「i before e, except after c( “C” の後以外は “E” の前に “I” がくる)」や「when two vowels go walking the first one does the talking(母音が2つ散歩するとき、最初の母音がおしゃべりする)」などの覚え歌や言い回しを使って、やっかいな英単語のつづりを覚えていきます。しかしスペイン語など他の言語の場合、こういった覚え歌や言い回しを聞きながら育つわけではありません。というのもスペイン語のつづりは、もともと発音そのままを表しているからです。
皆さんの中に、英語のスペルに混乱を覚えたことのある人はいますか?「同じ音を表すのに、文字の組み合わせ方が何種類もあった」「子供の頃に習ったはずの表記法には多くの例外があった」など、同じような経験をしている人は意外と多くいます。さらには、住む国によってつづり方そのものが異なる言葉さえ存在します。例えば「色」を表す単語がそうです。アメリカ式では「color」、英国式では「colour」と表記します。使う人によって、ある表記法が別の表記法よりしっくりくる本当の理由は分かりません。それにしても、なぜ英語の表記はこんなにやっかいなのでしょうか?
例えて言うなら英語とは油絵のようなもので、表記法が一度に作り上げられたものではなく、歴史という時間の流れる中で何層にも重ね加えられてきたからだと言えます。これらの層をひとつずつ見ていくと、英語の表記法にはいくつかの異なるパターンがあることがわかります。これらは、ある時代の発音法や、英語が外国語から取り入れた言葉の元の発音などを見たときに、「なるほど!」と気がつくような表記のパターンです。今日においては、これらのパターンがともに混ざりあい、美しいけれどもなんだかよくわからない、英語という芸術作品を作り上げているのだと言えるでしょう。
英語の生い立ち
英語の表記法に関する細かい部分へと目を向ける前に、まず全体を見てみましょう。言語学者によると、英語は表記法と発音で見た際に、言語が劇的に変化した時期を境として、大きく3つの時代に区分することができます。
- 古英語:5世紀にグレートブリテン島を侵略したゲルマン人の言語から発展した初期の英語
- 中英語:1066年にノルマン人がイングランドを侵略した後で、初期のフランス語を取り込んだ中期の英語
- 近代英語:15世紀頃より発展し、技術革新や植民地化に深く影響された頃の英語
それぞれの時代の英語の歴史はこちらのブログで詳しく解説していますが、このように大まかに分けてみるだけでも、英語が他の言語や歴史の出来事に影響を受けていることがわかると思います。そしてそれぞれが表記法に大きな影響を及ぼし今日に至っています。これから、他の言語、発音の変化、そして技術の進歩がどのようにして英語の表記を形作ってきたのか見ていきましょう。
他の言語が英語に与えた影響
そもそも英語は昔、今のようなローマ字ではなく、ルーン文字という他のアルファベットによって書かれていました。ルーン文字は今日の私たちにとってはむしろ絵のように見えますが、この表記体系の文字の成り立ちを見ると、現在のアルファベットと同様、表音文字であることがわかります。
では、現在の文字はどこからきたのでしょうか?今日の英語では、ローマ字(あるいはラテン文字とも言う)が使われていますね。ローマ帝国が紀元前43年、ブリタンニアを侵攻しましたが、おそらくアイルランドからのキリスト教宣教師たちがそのローマ人たちの文字(ローマ字)を取り入れ、英語を表記するのに使い始めたと言われています。最初の頃、宣教師たちはローマ字では表すことの出来ない英語の音は継続してルーン文字で表していました。例えば「ᚦ(ソーン)」のようなルーン文字がこれにあたり、現在この音はローマ字で「th」と表記されています。当時、古代の書記官たちによる宗教的な複写および書記においては、単語を聞こえた通りに書き記していたため、古英語の表記は統一されていませんでした。そしてこの時点の英語には、発音されない文字はありませんでした。
英語史の時代区分の説明で少し触れましたが、中英語はノルマン人がイングランドを侵攻した際に発達しました。フランス語を話すノルマン人の到来により、英語は様々な点において変化しました。イングランドではフランス語が上流階級の言語となり、英語には何千もの新しい言葉がもたらされました。例えば英語では、「cow(牛)/chickens(鶏)/pig(豚)」のように動物を表す語と「beef(牛肉)/poultry(鶏肉)/pork(豚肉)」のようにそれら動物の肉を表す語が異なります。この違いは、動物を飼育する農民が英語を話す一方で、テーブルについて差し出される料理を楽しむだけの上流階級はフランス語を使い、自らが食べるものをフランス語で呼んだことが起源となっています。
これは、英語で書記に励んでいた学のある書記官たちが、この時期の多くの会話をフランス語の表記法で記す基礎を築き上げたということを意味します。そしてこの書記官たちこそが、ルーン文字の「ᚦ(ソーン)」をローマ字で「th」へと書き換えた人たちでした。彼らはまた、英語の母音の発音を合理的に表すことのできるパターンを考え出しました。古英語期には「ee」と「e」のような長母音と短母音を区別せずに表記することがほとんどでしたが、中英語期になると書記官は「see」のように長い音の場合は母音を2つ続けて書き始めたのです。
変化し続けた英語のその後
中英語期になると、書き言葉には一定の法則が生まれ始めましたが、話し言葉はまだ流動的でした。英語の表記が今でもややこしい大きな理由の一つに、書記官や国家などの行政が「正しい」表記を決定した後も、言語そのものと発音が変化し続けた点が挙げられます。そして、英語の発音面での大きな変化の一つに、15世紀から18世紀にかけての大母音推移があります。この時期に英語の母音の発音は大きく変化しましたが、その表記法はあまり変化しませんでした。つまり、現在の英語のつづりの多くは15世紀当時の発音のもので、今日の発音を表したものではないのです!
さらに、変化したのは母音だけではありませんでした。みなさんは映画「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」でフランス人がイングランドのアーサー王とその騎士たち(knights)を「Silly English kaniggets(馬鹿なイングランド人のカニゲットたち)」と呼ぶシーンを見たことがありますか?この「knight」を「ナイト」ではなく「カニゲット」と発音するのは映画内ではジョークとして扱われていますが、実のところ、当時の現象からそこまでかけ離れているわけではないのです。そもそも、英語の「knight(ナイト/騎士)」や「knife(ナイフ)」などの単語に、なぜ発音しない「k」が頭に付くのか不思議ですよね?元々「knight」の頭にある「k」という音は古英語において無音ではありませんでした。加えて「gh」という音も、ドイツ語の「バッハ(Bach)」の「ch」のように口の奥でかすれるような音を表していました。時間の経過とともに、多くの人々はこの音を発音しなくなるか、単語によって「f」に近い発音をし始めるようになります。「knight」という単語も、中英語においては「カニーッヒト」のように発音されていたはずです。この「knight」をはじめ、その他多くの単語はその当時の発音を元につづりが決定されていました。15世紀の大母音推移により母音の発音が変わり、さらに「k」や「gh」のような子音は発音されなくなりました。ですから、多くの人が英語の表記を学ぼうとして混乱に陥るのは無理もないことなのです!
英単語の表記に与えたその他の影響
中英語期、人々が書く単語のつづりは、自分自身の名前ですら表記がまちまちでした。実際シェークスピアの名前には、彼が生きていた当時、25もの異なるつづり方が存在していました。こうした表記法のばらつきは、ウィリアム・キャクストンが1476年に印刷技術をイングランドに持ち込んだことによって変化し始めます。印刷技術がもたらされたお陰で、本に印字された書き方がより多くの大衆に広まり、これが最終的には標準的な表記法の導入へとつながっていきます。
サミュエル・ジョンソンのような学者による英語辞書の作成も、人々がつづりで悩んだときに参照できる、共通見解の確立に役立ちました。さらにノア・ウェブスターは、また別の有名な辞書を作り上げ、英語の表記法に新たな影響を及ぼしました。彼は、イギリスの標準に従うよりも、アメリカで実際に使われている英語の促進に力を注ぎました。そして彼の辞書によって、アメリカ人はイギリス英語のように「favourite」ではなく「favorite」といった異なる単語の表記法を学べるようになりました。こういった異なる表記はどちらが正しいといった問題ではなく、特に理屈もありません。ある表記法を採用するということは、英語を学んだ場所でその表記法が最も影響力をもっていたということにすぎません。
ウェブスターの辞書の他にも、印刷技術の普及により、世界規模で英語表記法の標準化が進みました。これは他の言語においても同様です。植民地時代に英語が広まり、さらに世界中のあらゆる言語と関わりを持つようになるにつれて、これら他の言語から言葉を借りてくる際に、英語に翻訳せず、それらの単語をローマ字で表記して使うようになりました。この頃から英単語は、かつて古英語や中英語の時代に合理的であったつづりのルールに加えて、新たに他の言語の発音や表記法も取り入れ始めました。その例の一部が、ギリシャ語の「pneumonia (肺炎)」やイタリア語の「cappuccino(カプチーノ)」に始まり、フランス語「ballet(バレエ)」スペイン語「tortilla(トルティーヤ)」オランダ語「buoy(ブイ・浮き)」ドイツ語「dachshund(ダックスフント)」ロシア語「tsar(ロシア皇帝)」アラビア語「bazaar(バザー)」日本語「samurai(侍)」などです。
語学の枠を超えた面白さ
英語は、様々な時代の変遷を経て、世界中の数多くの国々で多種多様な人々によって話され、その発音も変化し続けてきました。そんな背景を持つ英語のスペルは特に難しく感じるかもしれません。英語の読み書きを習うのは簡単ではないかもしれませんが、単語のつづりに隠された英語の歴史を知ることができるのは素敵なことだと思いませんか?困難な学習の道のりも、Duoと一緒に楽しく乗り越えていきましょう!